最後の晩餐

「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」ヨハネ13:34

 

昔々、イスラエルの人たちは、エジプトで奴隷でした。毎日毎日、泥だらけになってレンガを作るというような、重労働をしていました。あまりにもひどい仕事でしたので、神様は、イスラエルの人たちのお願いを聞いて、助け出してくださいました。そのことをお祝いする「過越の祭」というお祝いが一年に一度あります。大人も子どもも、みんながワクワクする春のお祭りでした。

今日は、この「過越の祭」のお祝いをするために集まった、イエス様と弟子たちのお話です。

弟子たちは、イエス様と一緒にお祝いできるのが嬉しくてウキウキしているようです。

イエス様は、いつもと変わらず、優しいお顔でみんなを見つめていらっしゃいます。

弟子たちと三年間一緒に暮らしてきたことを思い出していたのかもしれません。

漁師だったペトロたち、怒りっぽかったヤコブとヨハネ…

みんな大好きな弟子たちです。

ついこの前、死んでしまったラザロが生き返った時などは、弟子たちは本当にびっくりしていました。楽しいこと、大変だったけれども、今となってはいい思い出も沢山あります。

でも、それももうすぐ終わりです。

イエス様は、ご自分の「時」を知っておられました。

イエス様の「時」というのは、十字架にかかって死に、よみがえって、天国にお帰りになる。そのような時です。

 

さて、いよいよお食事が始まろうとしていました。

イエス様は、ご自分の席から立ち上がると、上着を脱いで、大きなタオルを腰にくるっとエプロンのように巻いて、たらいに水を入れました。

弟子たちは「何をするおつもりだろう?」と不思議な顔で見つめています。

「さあ、今日はわたしが、あなたたちの足を洗いましょう。」

イエス様はにっこりしておっしゃいました。

弟子たちの足は泥や土がへばりついて、ちょっと臭くて、だいぶ汚れています。

普通は家の召使が足を洗ってくれるものでした。召使がいない時は、一番身分の低い人がすることでした。

それなのに、先生であるイエス様が弟子の足を洗い、拭いてくださったのです。

驚いたペテロは慌てて、「どうしてイエス様がわたしの足を洗ってくださるのですか?」と言いました。

するとイエス様は言いました。

「今はわからなくても、あとでわかるようになります。」

そして12人の弟子たちの足を洗ってくださいました。

 

そのあと、上着を着て席についてイエス様は弟子たちを見回しておっしゃいました。

「わたしがあなたがたにしたことが分かるか。あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」(ヨハネ13:12-15)

 

イエス様は弟子たちに「わたしの模範に見習って、互いに足を洗い合いなさい」とお教えになりました。

イエス様に足を洗っていただく前は、弟子たちは誰も、自分から他の人の足を洗ってあげようとはしませんでした。召使がするような仕事を、したくはなかったのでしょう。12人の中で誰が一番偉い弟子か、などということをよく話し合っていた人たちでしたから。

第一、ちょっと臭くて、だいぶ汚れている人の足なんて、誰も洗いたくないです。

けれどもイエス様は、「互いに足を洗い合いなさい」とおっしゃいました。

これは、先生であるイエス様が弟子たちの足を洗ったように、「自分を偉いと思うのではなく、進んで人のために何かをする人になりなさい」という教えなのです。

 

このようなお話しをした後、イエス様はとても悲しそうな顔になり、おっしゃいました。

「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」(13:21)

イエス様は、一人の弟子の裏切りによって、もうすぐご自分が指導者たちに逮捕されることをご存知でした。裏切る弟子とは、イスカリオテのユダのことでした。ユダは黙って外に出て行きました。でも、この時の弟子たちにはユダが裏切ろうとしていることがわかりませんでした。

 

ユダが出て行き、ご自分が十字架にかかる時が来たことを知ったイエス様は、弟子たちをじっと見つめておっしゃいました。

「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(ヨハネ13:34, 35)

 

イエス様は先生でありながら、まるで召使のように弟子たちの足を洗ってくださいました。

神の子でありながら、わたしたちの罪を赦すために、すべての人の罪を負って十字架にかかる道を進んでくださいました。

そのようなイエス様の愛をいただいたわたしたちは、イエス様がそうなさったように、進んで他の人たちのために愛の行いをするのです。

そのようにしてわたしたちが愛し合うとき、イエス様の愛が周りのすべての人々に伝わっていくのです。

 

もう一度、今日の暗唱聖句を読みましょう。

「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」

 

わたしたちが互いに愛し合うためには、どんなことが大切でしょうか。

人のためになることを進んでする。困っている人を助ける。いろいろなことができますね。

その中でも、特に覚えておいて欲しいのが、赦し合うことです。

さっき、みんなでお祈りした「主の祈り」でも祈っています。

「我らが罪を赦すごとく、我らの罪をも赦し給え」

 

イエス様が、すでにわたしたちを赦してくださっています。

わたしたちも、同じように赦し合いましょう。


教案:成長160228

聖書箇所:ヨハネ13:1-35

テーマ:弟子への愛を残るところなく示されたイエス。

暗唱聖句:ヨハネ13:34

「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」